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通信館トピックス

創業30周年です

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  • date:2017.09.05
「社長ブログ」が実に1年近く更新されておらず、大変申し訳なく、また情けなく思っている。昨年は、熊本地震の際、たくさんのご心配と激励のご連絡を全国の方から頂いた。そのこともあって「熊本地震」の現状と元気な姿をお伝えしたく頑張ってブログを発信していた。あの頃よく笑読いただき返信をして下さった方々にも大変申し訳なく感じている。でも、今日からもう一度頑張って近況報告と私が今考えていることを頑張って発信していこうと考えている。
 さて、9月11日は、株式会社通信館の設立記念日である。創業して30年になった。本当は、7月1日が正式な操業日であるが、20周年の時現在の本社ビル大手町のオレンジボックスを購入し移転した日が10年前のこの日である。それから9月11日を通信館の記念日として位置付けてきた。今年はそれから10年。10月20日に30周年記念の祝賀会と記念講演会を開催する。なぜこの日にしたのかにも訳がある。10月21日に全国花火競技大会が開催される。今回の祝賀会は、全国からお招きして開催する予定のため八代にお泊り頂き花火大会にも参加してもらうために企画してみた。この花火大会も今年でちょうど30周年になり、競技の合間で「通信館プレゼンツ、特別花火」を打ち上げることにした。30年間の感謝の気持ちと41年に向けての決意を込めて秋の夜空に打ちあがる花火に心から祈願したいと考える。また、その日のお昼14時より市民の皆様向けに記念講演会を企画した。花火大会当日で少し慌ただしいが、私が目標にしている先生で「風の丘 大野勝彦美術館」館長大野勝彦先生にお願いした。昨年の熊本地震で壊滅状態になった美術館を1年で立て直されたパワーを八代市民に注入いただきたいと依頼状を持参した時に頼んできた。先生は、微笑みながら「そうですね。判りました」と即答で了解いただいた。講演終了後、花火大会も我々と一緒に観覧いただける予定なので大変楽しみである。
 会社を立ち上げ、その会社が30年を迎えるのは1%にも満たないということらしい。そう考えると頑張ったようにも見えるが、私の業界には、ベンチャー立ち上げで私以上に立派な人たちが何人もいる。私にとってはよきライバルであり、頼もしい同志なのだ。この方々と共に40年、50年と刻めるよう精進し一歩一歩進んでいけるようにと新たに決意した。
 10月20日(金) 21日(土)に全社員一丸となって成功目指して頑張って行きたい。

創業30周年です
創業30周年です

ユネスコ世界文化遺産登録間近

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  • date:2016.11.20
 九州三大祭りである八代妙見祭が今回笠・鉾・屋台の日本で存在する33団体の出し物がユネスコ世界文化遺産に登録される。4年前からノミネートされ地元でも「八代応援隊」として経済界が中心となり盛り上げの一助を担ってきた。10月の末にユネスコから内定をいただき11月23日に開催されるお祭りが一段と賑わいを見せてきている。
 400年近く続いて来たこの祭りは、中国との貿易が盛んだった昔を象徴している。特に獅子舞は、艶やかな衣装とチャルメラの音色がまさに中国の歴史を忍ばせている。他にも一キロほど続く神幸行列は、数千人の市民が参加し10キロ近くある道のりを朝8時より塩屋八幡宮を出発し妙見神社の下宮・中宮を目指し進んでくる。
 祭り最大の見どころは、宮地トサキの河原で繰り広げられる各出し物のパフォーマンスであろう。特に一番人気が出町の亀蛇である。体長5メートルの架空の動物亀蛇は、川の中ももろともせず元気に走り回る。何とも勇壮なそしてユーモラスなところも持ち合わせている亀蛇である。
 今回のユネスコ世界遺産に決定する出し物は、獅子でも亀蛇でもない。八代城の周りで商売を営み、財をなした商人たちの象徴である笠鉾9体である。江戸時代の城下町を彷彿させる煌びやかな笠鉾である。この行列が今回の主役でなければならない。私は子供のころからこの笠鉾の行列に参加していたため、より感慨深い今回の祭りとなった。当日は、桟敷席の一番前で見学できるので本当に今から楽しみである。
 そして12月3日ユネスコ応援隊の主催でメモリアルフェスタが開催される。八代神社(妙見神社)と隣の宮地小学校を会場として開催されるこのイベントもどうぞ合わせてご見学頂きたいと考える。

ユネスコ世界文化遺産登録間近
ユネスコ世界文化遺産登録間近

次の竹永淳一へ! 次の通信館へ!

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  • date:2016.09.12
 9月に入り、また夜中のスポーツ観戦に夢中である。パラリンピックが開幕して5日が過ぎた。各国の代表が障害を乗り越え鍛えてきた人間の限界を披露している。オリンピックとは、一味違う新鮮さと感動を与えてくれる。
 先日、東京から飛行機で帰っている時のことである。いつものことだが座席に座り最初にすることは、JALの「SKYWARD」に目を通すことから始める。私が一番目に見るのは、植木義晴社長のあいさつ文である。国際線の経験が長かった植木社長は、その経験から様々な観点で意見や思いを述べられている。その切り口は新鮮であり、素朴さを感じる。
レベルは違うが一社長として共感を覚えてしまう。いつもは、その後旅の話題やグルメ情報などにさらりと目を通す頃に次第に眠気が襲いだし次目が覚める時は、着陸のアナウンスが流れる時である。
 しかし今回は違った。隣のページに目をやると「只今、JALで移動中」のコマーシャルページであった。リオオリンピックの時は、錦織 圭選手が一面を飾っていた。そして、パラリンピックは、車いすバスケットボールのエース、香西宏昭選手だった。中身に目を通すとシュートをする寸前の香西選手の写真とそのすぐ横に短い文章が載っていた。その文章を読み終え愕然とした。2度震えが来た。そして次第に涙が溢れてきた。泣いている訳ではないが、涙がほほを流れて本の上にぽたりと落ちた。
 私が愕然とした言葉は次の言葉だ。
 
僕は、生まれつき、この体だ。
だから、障がいを乗り越えたという意識はない。
いつも前を向いてきた。
可能性を信じてきた。
大事なのは、言い訳をしないで生きること。
挑戦をためらうことはない。
失敗を恐れることはない。
仲間がいる。

 
次の香西宏昭へ
 
 何という言葉だろう。今、そのページに書いてある文章を見ながらパソコンを打つ手が震えてくる。「障害者」を特別扱いしてきた自分が情けない。健常者、障碍者と決めつけているのは健常者であった。それこそ差別ではないか。香西選手は、個性と受け止めている。そしていつも前を向いて可能性に挑戦し続けている。言い訳をしないで生きることすらできないでいる私。

 次の竹永淳一へ  次の通信館へ

次の竹永淳一へ! 次の通信館へ!

スポーツとリーダーシップ

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  • date:2016.08.25
 21回目の日曜日にブラジルのリオデジャネイロで開催されていたオリンピックが閉会した。今回もたくさんの感動と興奮を全世界の人々の心に与えてくれた。4年に1度のスポーツの祭典。私は、ニュースやハイライト放送を含めるとほぼ全ての日本選手のメダル獲得場面を視聴することが出来た。日本選手団は、41個のメダルを獲得した。過去最高の獲得数である。どの選手のどの色のメダルを見ても最大の賛辞を送りたくなるような素晴らしいシーンの連続であった。特に今回目立ってたのが、専属コーチとの二人三脚で数年に渡り挑戦し続けてきた選手が活躍したこと。水泳の萩野選手や金藤選手がその筆頭で、金メダルを獲得すために計画を立ててそれを成し遂げた良い例だった。このようなことは、日本が国を挙げて予算措置を行い、満たされた環境の裏付けが必要となる。大成を成し遂げるためには明確な目標と綿密な計画とが成し得ることであり、リーダーのありようと経営のやり方で非常に参考になった。いよいよ4年後は、東京開催である。新たな目標をセッティングして更なる飛躍を誓うアスリートがたくさん出てきてほしい。今回のリオ五輪をテレビ越しに観戦しながら「次は俺の番だ」と考えたところからもう壮絶なレースは始まっているのだ。
 41個のメダリストたちがインタビューに答える際、誰もが一様に同じ感想を述べていた。これは恐らく心からそう考えてのことだろう。彼らは「たくさんの方に支えられたからこそメダリストになれた」と異口同音であった。それは何度も訪れた試練を克服した人達だからこそ心から出てくる率直な心だと感じた。世界の頂点に立てたことは、自分の努力の成果とは誰も答えないのだ。家族のお蔭・チームメイトのお蔭・コーチのお蔭・見守ってくれたすべての方々のお蔭と話していた。逞しさと人としての謙虚さがもたらすこの現実こそが、私が通信館でやり遂げたい経営である。
 さて、もう一つ。八代にとってうれしいニュースが舞い込んできた。夏の甲子園で春に続き連続のベスト4に秀岳館が輝いた。100年以上も続く高校野球。八代の高校では今まで一度も成し得なかった成績である。準決勝で惜敗したが、心からよく頑張ったと褒めたい気持ちになる。秀岳館が急に強くなった理由は、間違いなく2年前に赴任された鍛冶舎監督の存在である。鍛冶舎監督は、今年で65歳になられる超一流の監督さんだ。早稲田大学・松下電器と六大学・社会人野球と現役時代名キャッチャーとして活躍された。その後、松下電器の監督も努められた。また全日本の大学チームの監督も経験されている。押しも押されもしない日本一の監督である。高校野球の春の大会。試合後のインタビューのコメントが実に軽快で謙虚であった。私は、この監督さんともっと話してみたいと。生き生きとした選手たちの態度。パワーあふれるプレー。控えの選手もレギュラー陣と同レベルの実力者揃い。秀岳館の魅力が鍛冶舎監督の魅力そのものに代わって行った。
 そこで、11月に商工会議所主催で鍛冶舎監督の講演会を開催する運びとなった。来週学校を訪ね正式にお願いするが、口頭での了解はもらっている。厳しさの中に愛を感じる監督。それが鍛冶舎監督と思う。決して妥協することは許さない。甲子園優勝だけを見据えて突き進む姿勢を学ばせて頂きたいと心から考えている。
スポーツとリーダーシップ

熊本地震 6

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  • date:2016.05.06
たくさんの方々からご心配のご連絡を頂き本当に感謝してもしきれない状態である。一昨日は、大阪の同業者で我々が作っている同業グループ会の専務理事が奥様と一緒に激励に来て頂いた。残念ながら私は家族と共に福岡へ出かけていたため会えなかったが、同じauショップのスタッフさん達のメッセージがいっぱい詰まった動画を持参して頂いた。大阪のショップからの激励メッセージである。このような形で元気を分けてくれることは、想像もしていなかったし、何よりも力強いプレゼントであった。
 先程も八代を震源地とする震度3の地震があった。昨日当たりから八代震源地が増えだしている。震源地が真下にあると地震予知のアラームが後から鳴り出す。直下型は、本当に怖い地震である。
 八代市は、人口13万人。熊本第2の都市。とは言っても毎年1千人程人口が減少している。生活するには何にも不住なく暮らせる街だが、今後人口が増加する見込みはない。一応中核のショッピングモールが2か所。40年を超すアーケード街もまだ残っている。そのアーケード街の中核をなしていた「鶴屋 生活菜館」が今回の地震のダメージで閉館することが今朝決まった。アーケードで商売を営んでいる方々にとっては、地震と匹敵するほどのダメージであろう。益々シャッターを閉める店舗が増えて行くに違いない。私達の生活環境が加速度的に変化して行っていることを再認識しなければならないということであろう。今後このような田舎の街で事業を営んでいくことは、私たちが経験した30年とは、はるかに厳しく、難しい経営になるであろう。次の世代へのタスキリレーすら戸惑ってしまう。少なくとも、私がまだ学生時代のころアーケードで商売を営んでいたところの同級生たちは、裕福で羨ましい限りであった。私が商売人を目指したのもその憧れからだったようにも思える。その街が、今、次第に消えて行きそうな時代が来てしまっているのだ。
 さて、話を地震に戻そう。余震が続く今回の熊本地震。テレビのテロップも熊本の小さな町や村の名前で流れるので随分と全国的に有名になったようだ。益城町はもちろん、宇城市・宇土市・南阿蘇村などは、日本中のどこでも知っていただけたことだろう。今回の地震は、家屋の損壊が非常に目立つが、それ以上に農作物の被害が尋常ではない。熊本は、何と言っても農業国なのだ。今回一番被害が出ているのがスイカである。植木スイカは日本一の収穫量で大きいし甘い。5月の連休明けくらいから店先に並ぶはずだが、ほぼ全滅だそうだ。この地震の影響がどこまで被害が及ぼすかまだ検討が付かない状態である。
 今年の夏は、今までで一番暑く一番長い夏になりそうである。スタッフ達の健康状態と心のケアを最大限に注視しながら「決して諦めない」覚悟で毎日を頑張って行きたいと強く考えている。
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